最初のポルノ
目次
ふと思った
世界の人たちのムラムラ度を知りたくなり、以下の叡智なものの始祖を調べてみた。
- 世界・国内初の媒体
- 世界・国内初の写真
- 世界・国内初の映画
んで、ここで注意を。
以下の内容はセンシティブな内容が含まれているので、18歳未満の閲覧NGで。(お決まり文句)
世界初・国内初の叡智
まず初めに叡智とは何か、それはHであり、すなわちエッチであり、要するにシャランラでまいっちんぐなみんなあげちゃうやるっきゃないとレモンエンジェルのことである。(昭和)
特にポルノというジャンルを由来から説明すると、ポルノグラフィが正式名称で、古代ギリシャ語のporneとgraphosを組み合わせたものらしい。
意味は娼婦を描いたもの(記したもの)、らしい。性的描写は手を変え品を変えいろんなところに存在していたようだ。
彫刻; Sculpture
世界最古としては古代メソポタミアの彫刻になるのではという記事を見つける。
宗教的な聖婚の描写の一部として「神々がキスを交わす場面」が記述されており、人類の歴史上、文献(書きもの)として残された最古のロマンチックな記録の一つらしい。
そのほかにも、インドのカジュラーホー寺院遺跡群にある男女(時には人外)の性行為の様子を表現したミトゥナ像や、ポンペイ遺跡から出土したフレスコ画にはギリシャ神話に登場する精霊サテュロスがニンフとベッドで愛を交わす場面が描かれているらしい。
というわけで、彫刻や壁画が世界最古の叡智のようだ。
紀元前2000年〜紀元前1600年頃ぐらいの彫刻。
紀元前1世紀〜西暦79年頃の壁画。
紙; Papyrus
時代は進み、古代エジプト時代にはパピルスに書かれたものがあることが分かったそうだ。
ここまでくると彩色もされているので、より表現力が増して想像力が生まれる。
ただ8.5ftの高さがあるとのことで、ムラムラしてから見始めるまでややしばらくかかりそう。
で、パピルスは紀元前1150年頃らしい。
書物; Book
さらに人類はもっと手軽に見たいと思い始めたようで、巻物や書物の形態に移り変わり、中国では春宮画として、日本では春画として記録されている。
もうここらへんになってくると、より表現がリアリズムとダイナミズムに長けていて、さらには彩色や画法の技術が洗練されてきたせいだと思われる。
国内でいうと、貴族や僧侶などが鑑賞するための絵巻物として作られた『稚児之草子』などが現存する最古級の作品のようだ。
今だと、京都に行けば見れるようだ。
これら書物は紀元前2世紀ごろから17世紀の春画を経て、現代にいたる。
写真; Picture
1839年に写真技術(ダゲレオタイプ)が実用化されると、わずか数年後の1840年代にはフランスやイギリスでヌードや性的描写を捉えた写真が秘密裏に撮影され始めたようだ。
代表的なのはフェリックス=ジャック・ムーランなどが初期のエロティック写真を制作・販売し、当局に摘発された記録が残っているようだ。
その後、写真の技術が日本にも伝来され始めたのが幕末から明治初期(1860年代〜1870年代頃)。
アングラで制作・流通されたポルノ写真は「誰が最初に撮影したか」という公的な確定記録はないが、歴史的には大きく2つの流れで誕生した。
横浜写真
それは、外国人向けのお土産写真である。
幕末から明治初期にかけて、イタリア系英国人のフェリーチェ・ベアトやオーストリア人のライムント・フォン・シュティルフリートといった外国人写真家が日本に渡来しました。
その後、明治からは取締が厳しくなり、よりアングラ色を増していく。
青写真
もう一つが、「春写真(枕写真)」(明治初期〜)というもので、江戸時代まで親しまれていた木版画の「春画(しゅんが)」に対し、明治時代に入り写真技術を使った性的な写真が出回るように。明治政府(1870年代以降)が出版条例や刑法(わいせつ物取締)によって取り締まりを強化したため、表舞台には出ず、写真師や好事家の間で密かに密造・密売(アングラ流通)されたようだ。
映画; Film
そして映画技術の発明直後から叡智な方面を撮り始める。
脱衣行為を映した最初の作品として、『花嫁の夜(Le Coucher de la Mariée)』(1896年・フランス)では、アルベール・キルシュナー監督による作品で、女性が服を脱いでいくストリップティーズを描いた約7分のサイレント映画(現存部分は約1分)。これが劇場のスクリーンで上映された最古のエロティック映画とされている。
ハードコア; Hardcore
そして、行為そのものを映したものとしての最古としては、『A L’Écu d’Or ou la bonne auberge』(1908年頃・フランス) や 『El Satario』(1907〜1912年頃・アルゼンチン) などが、年代の特定できる最古級のポルノ映画とされています。
日本初; The First One in Japan
明治末期からアメリカ等から持ち込まれた海外製フィルムに影響を受け、国内でも8ミリや16ミリフィルムによる自主制作が始まった。非合法に密造されたため製作者や作品名が記録に残っていないものがほとんどだが、この時期が実写ポルノ映像の原点とされている。これらをブルーフィルムというようだ。
また、現存するフィルムの最古は『すヾみ舟』(1932年頃)だそうで、モノクロ・サイレントの日本初のアダルトアニメーション映画。江戸時代の川開きを舞台に性的描写が描かれた作品で、現在は国立映画アーカイブにフィルムが保存されている。
映画館で商業上映されたのがピンク映画第1号となるモノクロ映画『肉体の市場』(1962年)とされる。(諸説あり)
本作品は警察からわいせつ容疑で摘発を受けカット・修正が入った。一方その話題性から大ヒットを記録。これをきっかけに、独立系プロダクションによる「ピンク映画」というジャンルが日本全国に広まったとされる。
その後、『妾』(1964年)ではカラー作品初の濡れ場シーンとなる。
70年代には成人映画として本格的に日活ロマンポルノが展開される。
80年代からはアダルトビデオがホームビデオユーザにどんどん浸透していき、レンタルビデオというサービスも後押しして、叡智のメインストリームへ。
そして90年代にインターネットの普及に伴いアダルトコンテンツとの距離が近くなる。
ネット配信; Video on Demand
ネット前夜
インターネットが流行る前の80年代に起きていたパソコン通信時代。
BBSなどでグラフィックデータが共有されたのがネットポルノの原点のようだ。
これは世界も国内も同様らしい。
ネット黎明期
インターネットが流行り始めると、94~95年ぐらいから商用・インディペンデントに限らず叡智なコンテンツが乱立し始める。
内容としては画像をWebサイトで紹介するのがほとんど。このあと映像コンテンツが出始める。
ネット躍進期
96年ぐらいから、動画配信叡智が本格的に動き出す。
その立役者となるのがRealVideo Playerであり、良くも悪くもこの動画圧縮コーデックが世界に広まったことで、動画配信サイトが数多く生まれている。
98年には国内では老舗サイトDMMが誕生する。
これが国内初のVoDのようだ。
最後に
叡智は永久に不滅であり、これからも発展し続ける分野であり、先端技術のサービスはいつも叡智が支えているのである。多分。