酒井商店の頑固オヤジと、30円の「当たり」棒アイス
※これはAIによる自動生成の記事です、
目次
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商店街の思い出
まだ日本中が熱気に包まれていた、昭和という時代。 夏の太陽は今よりもずっとギラギラとしていて、アスファルトからは陽炎が立ち上り、セミの鳴き声が耳の奥でワンワンと反響するような、そんな暑い季節のことだ。
当時の子供たちにとって、夏の楽しみといえば何と言っても「アイス」だった。 コンビニエンスストアなんて便利なものがまだあちこちになかった頃の話だ。僕たちの聖地は、近所の商店街にある駄菓子屋や商店だった。
僕のポケットには、いつも10円玉が3枚入っていた。 30円。 今の子供たちからすれば、駄菓子ひとつ買えるかどうかの金額かもしれないけれど、僕たちにとっては黄金のチケットだった。この30円があれば、世界で一番冷たくて甘い幸せを手に入れることができたのだから。
賑やかだったあの頃の商店街
僕が住んでいた町には、今ではシャッター通りになってしまったけれど、当時は朝から晩まで活気に溢れた商店街があった。 威勢のいい声で魚を売る魚屋、揚げたてのコロッケの匂いを漂わせる精肉店、店先で井戸端会議に花を咲かせる八百屋のおばちゃんたち。自転車のベルの音と、買い物カゴを提げた主婦たちの笑い声が絶え間なく響いていた。
そんな商店街の中に、僕のお気に入りの場所があった。「酒井商店」だ。 お菓子を中心に、日用雑貨やちょっとした文房具なんかも置いている、いわゆる「よろず屋」のような店だった。 店の入り口は開け放たれていて、薄暗い店内に入ると、独特の匂いがした。古い段ボールと、お煎餅の醤油の匂い、そして奥から漂う線香の香りが混じったような、昭和の商店特有のあの匂いだ。
店の奥には、いつも不機嫌そうな顔をした店主が座っていた。 ステテコに腹巻、頭にはタオル。丸い眼鏡の奥の目は鋭く、子供たちが店の中で騒ごうものなら、「こら! 商品に触るんじゃない!」と雷が落ちる。僕たち悪ガキ連中は、その店主を「酒井の頑固オヤジ」と呼び、恐れながらも、やっぱりあのアイスの魅力には勝てずに通っていたのだ。
銀紙とビニール袋の誘惑
酒井商店の入り口付近には、大きなアイスクリーム用の冷凍庫が鎮座していた。 ガラスの重たい引き戸をガラガラと横にスライドさせると、白い冷気とともに甘い香りが漂ってくる。 中には色とりどりのアイスがぎっしりと詰まっている。その中でも僕たちの目当ては、やはり30円の棒アイスだった。
大きく分けて二つの派閥があった。 一つは、銀紙で丁寧に包まれたラクトアイス。 四角い形をしていて、ミルクの味が濃厚で甘い。銀紙を剥がす時のワクワク感は格別だ。焦って剥がすと銀紙の端っこがアイスに残ってしまい、それを爪でカリカリと取るのもまた一興だった。口に含むと、ふんわりとした甘さが広がり、舌の上で優しく溶けていく。
もう一つは、赤と青の派手な模様がついた透明なビニール袋に入っているキャンディタイプのアイス。 こちらはソーダ味やイチゴ味で、シャリシャリとした食感がたまらない。袋の端を歯で噛み切ったり、ハサミで切ってもらったりして、下からギュッと押し出しながら食べる。暑い日には、この冷たい氷の粒が喉を通り過ぎる時の爽快感が最高だった。
僕はその日、銀紙のラクトアイスを選んだ。 なけなしの30円を店主の前のザルに入れ、店を出る。 炎天下の下、銀紙を剥がし、一口かじる。冷たさが頭にキーンと響く。 「うまい!」 これぞ夏の味だ。
奇跡の「当たり」と、理不尽な拒絶
食べ進めていくと、木の棒に何やら文字が見えてきた。 焼印だ。 僕は胸を高鳴らせながら、急いでアイスを食べきった。現れた文字は、紛れもなく「当たり」の三文字。 当時は今よりも「当たり」の確率が高かったような気がするけれど、それでも子供心にそれは奇跡のような出来事だった。
「やった! もう一本食える!」 僕は狂喜乱舞した。 べたつく手で当たりの棒を握りしめ、来た道を全速力で戻った。 息を切らして酒井商店に飛び込み、店主の目の前に棒を突き出した。
「おじさん! 当たりだ! もう一本ちょうだい!」
勝利の凱旋のように誇らしげな僕。 しかし、店主の反応は予想外のものだった。 彼は眼鏡の奥の目を光らせ、じろりと僕を見たかと思うと、低い声でこう言ったのだ。
「ダメだ」
え? 僕は耳を疑った。 当たりが出たらもう一本もらえる。それは子供たちの間の絶対的なルールであり、社会の契約だったはずだ。
「なんで? これ、当たりだよ? ほら、書いてあるじゃん!」 必死に食い下がる僕に、店主はさらに厳しい口調で言った。
「今日はもう一本食べたんだろう。だったら、この当たりは明日使いなさい。明日来なさい!」
「はあ!?」 僕は愕然とした。 意味がわからなかった。当たりは当たりだ。今すぐ交換してくれたっていいじゃないか。店にあるアイスが品切れなわけでもない。そこには山ほどアイスがあるのに。 なんで明日なんだよ。ケチ!
「おじさんのケチ! 意地悪!」 僕は捨て台詞を吐いて、店を飛び出した。 悔しくてたまらなかった。 あのアイス一本の原価なんてたかが知れているはずだ。それを出し渋るなんて、あの頑固オヤジはとんでもない守銭奴だ。子供の楽しみを奪うなんて、大人のすることじゃない。
その日以来、僕は店主に対して強烈なレッテルを貼った。 「酒井商店のオヤジは、意地悪なやつだ」と。 それからは、店に行くたびにどこか反抗的な態度をとるようになった。 「お釣りが間違ってるんじゃないか」と疑ってみたり、わざとアイスの蓋を大きな音を立てて閉めたり。 何かにつけてイチャモンをつけては、あの日もらえなかったアイスの分を取り返してやろう、店のアイスをせしめてやろう、そんな生意気なことばかり考えていた。
季節は巡り、景色は変わる
それから数年の時が流れた。 僕は中学生になり、やがて高校生になった。 身長は伸び、声変わりもし、30円のアイスよりも部活帰りの炭酸ジュースやハンバーガーの方が魅力的になっていた。
商店街の風景も少しずつ変わっていった。 魚屋は閉店し、八百屋はコンビニエンスストアに変わった。 酒井商店も、改装工事を行い、少し小綺麗なミニスーパーのような外観になっていた。 店に立つのは、あの頑固オヤジではなく、人の良さそうな息子さん夫婦に代わっていた。 「ああ、代替わりしたんだな」 僕は通学路でその様子を横目に見ながら、なんとなく足が遠のいていた。
高校2年生の夏だったと思う。 久しぶりに、本当に久しぶりに酒井商店に入ってみた。 部活の帰りで喉が渇いていて、ふと懐かしいアイスの味が恋しくなったのかもしれない。
店に入ると、レジには息子さんが立っていた。 奥の通用口が開いていて、そこから店の裏庭へと続く縁側が見えた。 そこに、ちょこんと座っている老人の姿があった。
白髪になり、随分と背中が小さくなっていたけれど、その丸い眼鏡とステテコ姿は変わっていなかった。 あの、先代の店主だった。
彼は隠居生活を送っているようだった。 縁側で団扇をパタパタと仰ぎながら、ぼんやりと庭を眺めている。 僕はアイスを一つ手に取り(値段はもう30円ではなくなっていたけれど)、レジで会計を済ませると、なんとなくその老人に近づいてみたくなった。
隠居した店主との再会
「こんにちは」 僕が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。 眼鏡の奥の目が、とろんと優しく細められた。 「ん? おお、あんたは……」 彼は僕の顔をじっと見つめ、記憶の糸を手繰り寄せるように少し間を置いてから、ニカっと笑った。
「あの時の、食い意地の張った坊主か! 大きくなったなぁ!」
覚えられていた。 僕は少し顔が赤くなるのを感じた。 「あの時は……生意気言ってすみませんでした。僕、おじさんのこと、ずっとケチな意地悪爺さんだと思って恨んでたんです」
素直な言葉が口をついて出た。 もう高校生だ。昔の子供じみた恨みを抱え続けるほど子供ではない。 それに、小さくなった彼の背中を見たら、当時の自分がどれほど幼かったか、痛いほど理解できたからだ。
店主は「カッカッカ」と喉を鳴らして笑った。 「そうだろう、そうだろう。あの時のあんたの顔、鬼みたいな形相だったからなぁ」
そして、彼は団扇を置いて、遠くを見るような目をした。 「なぁ、坊主。わしがあの時、なんで『明日来なさい』って言ったか、わかるか?」
僕は首を横に振った。 「いまだに分かりません。やっぱり、一度に二本もタダで渡すのが惜しかったんですか?」 冗談めかして聞くと、彼は首を振った。
「バカ言え。アイスの30円やそこらで、わしの店は傾かんよ」 彼は僕の目をまっすぐに見て言った。
「あんた、あの日、汗びっしょりで顔を真っ赤にしていただろう。冷たいアイスを一気に食べて、胃袋がびっくりしているところに、もう一本冷たい塊を放り込んでみろ。腹を壊すに決まってる」
え? 僕は言葉を失った。
「子供の腹はデリケートだ。ましてや、あの暑さだ。冷たいもんばかり摂りすぎると、夏バテの原因にもなる。楽しみは明日に取っておいたほうが、次の日もまた楽しみになるだろう? だから追い返したんだよ」
「1日1本」の本当の意味
雷に打たれたような衝撃だった。 ケチでも、意地悪でもなかった。 彼は、ただのアイス屋のオヤジとしてではなく、地域の子供たちを見守る「大人」として、僕の体を気遣ってくれていたのだ。 親ですら気づかないような、そんな些細な、でも大切なことを。
あの時の厳しい「明日来なさい」という言葉の裏に、どれほどの優しさが隠されていたのか。 それを「意地悪」と受け取り、恨み、あろうことか店の商品をせしめてやろうなどと考えていた自分。 高校生になった僕は、自分の浅はかさと、彼の深淵な優しさのギャップに、ただただ恥じ入るしかなかった。
「……すみませんでした。全然、気づきませんでした。俺、本当にバカでした」 頭を下げる僕の目頭が、少し熱くなった。
店主は何も言わず、よっこらしょと立ち上がった。 足を引きずりながら、店の奥にある冷凍庫の方へ歩いていく。 そして、ガサゴソと音を立てて戻ってきた彼の手には、一本の棒アイスが握られていた。 あの時と同じ、銀紙に包まれたラクトアイスだった。
「ほれ、やるよ」 彼はぶっきらぼうにそれを僕に差し出した。
「え、でも……」 「いいから食え。昔の詫びと、大きくなった祝いだ」
僕は震える手でそれを受け取った。 銀紙の感触。ずっしりとした重み。 丁寧に銀紙を剥がすと、懐かしいミルクの香りがした。
一口かじる。 甘い。 昔よりもずっと甘く感じる。 そして、冷たさが喉を通り過ぎるたびに、胸の奥にあったわだかまりが溶けていくようだった。
店主はまた縁側に座り、団扇を動かし始めた。 そして、アイスを食べる僕を横目に見ながら、あの時と同じ、でもずっと柔らかい声でこう言った。
「いいか。1日にアイスは1本だよ」
溶けない想い出
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが完全に繋がった気がした。 それは単なる健康上の注意ではなく、節度を知ること、楽しみを長く味わうこと、そして自分を律すること。 昭和の頑固オヤジは、アイス一本を通して、生きる上で大切な作法を教えてくれていたのかもしれない。
僕は大きく頷き、「はい!」と答えた。 店主は満足そうに目を細め、また庭の景色に視線を戻した。
あれからさらに月日が流れ、酒井商店はもうない。 あの店主も、もうこの世にはいないだろう。 商店街もすっかり様変わりし、30円でアイスが買える時代は、遠い過去のものとなった。
けれど、今でもコンビニで棒アイスを買うたびに、僕は思い出す。 銀紙の感触と、夏の入道雲と、店主の厳しいけれど温かい眼差しを。 そして、自分に言い聞かせるのだ。
「1日にアイスは1本」
その教えは、大人になった今でも、僕の心の中で、あのアイスのように甘く、優しく、そして決して溶けることなく残り続けている。 便利で何でも手に入る今の時代だからこそ、あの不便で、でも人情に厚かった昭和の夏が、無性に恋しくなることがある。
そんな時は、あの銀紙のアイスを探して、そっと齧ってみるのだ。 あの日の、酒井商店の風を感じながら。