怖い話2

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怖い話2

目次

見えない壁と小さな鏡

週末の日課

小学生のころは週末に祖父母の家に遊びに行くのが習慣になっていた。祖父母の家は市内でも有名な国有林にほぼ隣接しており、週末はその森の中に遊びに行ったりすることができた。祖父母の家の周りは市のベッドタウン計画から既に何十年も経っており宅地造成されたところに一戸建てやらアパートやらが立ち並んではいるものの子供は異様に少なく日曜の昼間だというのにほとんど人は歩いていない。どこかに出かけているのかはたまた家でじっとしているのかはよくわからないが、なぜか建ち並ぶ家の母数に対する人の動きが比例していないような、当時からそんな印象だった。要は普段から人が出歩いていない地域なのである。

森の中で

小学3〜4年生のころの9月あたりの話。北海道は9月にもなると8月の暑さも遠のき寒さが徐々に厳しくなる。昼間は半袖短パンでも遊んでいられるが一旦日陰に入るとひんやりするし、夕方ちかくなればもう肌寒く感じるほどに辺りは冷え込んでくる。

いつもの通り週末は祖父母の家に遊びに行って、家の周りの公園などで遊んでいた。土曜日の午後3〜4時ぐらいだったかと思う。秋晴れの強い日差しが照るなか、いつもの森に行くことに。森に行くには祖父母の家の庭から飼っている犬のクロの小屋の後ろにある垣根を潜っていく必要がある。クロは私には一切懐いてない老犬で、そばに近づくだけで歯をむき出しにして吠えまくる。最高に怖いので森へ行くときは吠えられないように急いで小屋を走り抜け家を出た。森の中は日陰らしい涼しい感じだが風がなかったので、肌寒さはなくとても過ごしやすかった。私はだだっ広い森の中でいつもの通り見たことない物や珍しい生き物を探すために歩いていた。いつも歩いている道を逸れると程なくして沢のようなところを見つけたので行ってみることに。カエルやらサンショウウオなどがいたりするので見つけたら友達に自慢できると思いしばらくウロウロしていた。ふと川縁にキラキラしたものを見つける。「やったお金だ!」と手にとって見ると丸いかたちをした小さな鏡のようなものだった。握りしめると私の手でも隠れてしまうぐらい。私の顔全体は映せないまでも結構キレイに映るのでなぜか気に入って持って帰ろうと思った。するとその鏡越しに沢の上に人影のようなものがチラリと見えた気がした。「あれ?ハイキングコースと合流したのか。」と思い、どこの道につながったかを確認したくなり上に行ってみることにした。そこは坂というより急な崖になっていて少し頑張らないと登れないような勾配だがいつもこんなところばかり登ったり降りたりしていたので苦ではなかったが、2〜3分はかかるかなといった具合の高さがあった。

見えない壁

登りきったが道などは全くなく、いつもの森が広がっているだけだった。でも人影が動いたはずなので、もしかすると道が見えづらいだけで少し歩いたら道が現れるかもと、人影が動いたはずの方向へ歩き出した直後、私の身体全体が重くなったとおもったら後ろに勢いよく尻もちをついてしまう。危うく沢に落ちるところだった。何が起きたのか分からず暫く呆然とする。次第に顔の痛みで我に返る。右の瞼がヒリヒリと暖かく感じる。手で目のところを触ってみると鈍痛があった。何かにぶつかったのは確か。でもどこにぶつかったかか分からない。見えない壁が私の前に。何とか立ち上がり目の前の何もないところへ手を前に出しながら暗闇を歩くときのような動作で少しずつ前へ歩みを進めていくと、手のひら全体で何かを感じとった。そこには何もないと思っていたところに透明な釣り糸が横に張られていたのだ。木と木の間に2〜3重に巻きつけてあり、私の目の位置の少し上、胸のあたり、太ももの部分ぐらいの位置にそれはあった。この釣り糸のせいで私は勢いよく後ろに飛ばされたことに簡単に推測できた。明らかに誰かが仕掛けたとしか思えない仕掛けで私は瞼が腫れ、それどころか運が悪かったら沢に落ちて大怪我していたかもしれなかったと、立ち上がり沢の方を見下ろしていたら途端に怖くなった。誰がなんの為にこれを仕掛けたのかなんてもうどうでも良かった。そんなことより独り森の中で死ぬかもしれなかった恐怖に手足の震えを抑えられなかった。

一刻も早く祖父母の家へ帰ろうと思い立つものの、手足の震えのせいでうまく沢を下りれる自信がなかったので仕方なく森の中を沢沿いに歩いて戻ってみることにした。

どれだけ歩いていたか、いやもしかすると歩き出す前からだったのかもしれないが、いつの間にか日も暮れ始めてきていたので歩く速度を早める。さっきから身体の震えが止まらない。震えの理由が寒さからなのか恐怖なのかもう分からない。道が見えれば帰り道も想像つくので「道さえ見えれば。道さえ見えれば。」と繰り返しつぶやきながらひたすら歩く。

見知らぬ景色

もうどのくらい歩いたかわからなくなってきたとき森の切れ間がやっと見えた。「やった。」と安堵した私は家への帰路を思い浮かべながら森を抜けた。いつもの家への道が、、ない。特徴的なあの並木道が周りを見渡すもどこにもない。自分の記憶違いということもあるので必死で頭を巡らすもやはり見たことない道、見たことのない家。いよいよ自分の理性が壊れ始め、咄嗟に思いついたことが、どこでもよいから手当たり次第に家を訪ねて助けを求めようと。手始めに目の前の家のインターホンを押す。何度押しても誰も出てこない。仕方ないから隣の家へ行きまたインターホンを、でも出ない。さらに隣、その隣、、何軒回っても誰も出てこない。もう訳が分からない。不安がどんどん募り目からは大量の涙を流し嗚咽しながら「すみません!すみません!」を繰り返し叫んでいた。何軒か先の家の窓から明かりが漏れていることに気付く。そこに向かってありったけの力で走る。玄関前の門扉を無断で入り明かりのある庭の方へ。大きな窓の前に立って「すみません!!」と叫ぶ。

目の前にはリビングルームが広がりこれから家族団らんの晩ごはんが始まるような大きなテーブルとその上には暖かそうなご飯やみそ汁、焼き魚などが並んでおり、明るく優しい光がそれらを照らしていた。ただその電灯はそこにいるはずの人たちを照らしてはおらず、人間だけがそこからこつ然と居なくなったような部屋だった。

私の理解と理性の限界だった。その場でこと切れるように記憶がなくなる。右の瞼の痛みだけはしっかり感じながら。

夕方

目を覚ましたら、いつもの祖父母の家の床の間にいて、私は布団の中だった。障子から漏れる光の量からは朝方なのか夕方なのかも分からなかった。今が何日なのかもどのくらい寝ていたのかも分からない。例えると昼寝明けのふわふわした感覚に近い。状況を理解したくて日時が分かるものを求めて布団から起き上がる。すると自分が寝巻を着ていることに気付く。朝から寝ていた?それとも今はまだ朝?今までの体験全てが夢?もう訳が分からない。遠くから祖母の声が聞こえる。

祖母「ご飯だよー。」

呼ばれるがまま声のするダイニングに行くと祖母がご飯を用意してくれていた。美味しそうな焼き魚とご飯。席に座ると祖母が味噌汁を置いてくれる。

私「おばあちゃん、今日何曜日?」

祖母「まだ土曜日だよ、安心しなさいよ。ほら、焦げビスケのいつも見てるマンガやってるよ。」

祖母がTVをつけてチャンネルをあわせているのを他所に困惑していた。いつの間に家に着いて寝巻に着替えて寝てたのか。テレビは軽快な音楽にあわせてアニメが流れていた。今でも覚えている。よろしくメカドックだ。あまり好きではなかった。

私「おばあちゃん、今日ぼく何してたっけ?」

祖母「うん?え?外で遊んでたでしょ?」

私「どうやって帰ってきたっけ?」

祖母「なんで覚えてないの?あんた、家の庭で寝てたしょ?」

私「?!」

祖母「起こしたらそのまま何も言わずに家に入っていったっしょ。一緒にパジャマに着替えて。そのまま布団に潜り込んでったの覚えてないの?よほど疲れてたのかい?」

もうどういうことが分からなくなってきた。断っておくが私は外で平気で眠れるような図太い人間ではない。そんな私が外で遊んでいる最中にどういう訳か家の庭で寝てしまったというのだ。
いやいやいや二百歩譲ってそうだったとして、私が森の中の体験したことは全部夢だったのか。もうこうなってくると徹底的に確かめたくなりご飯を一旦中断して祖母の問いかけを無視して脱衣所に行き今日着ていた服を洗濯かごから出してみる。尻もちをついて転んだときの汚れなどがないか確かめる。ズボンのおしりのところが汚くなっていた。やはりあそこに行っていたのか。でも汚れだけでは断定出来ない。どこかで転んだときかもしれないし庭で座ったときかもしれない。その時瞼のことを思い出し触ってみる。やっぱり鈍い痛みが。すぐに洗面台の鏡に目を向ける。私の右目の瞼の上にはクッキリあの釣り糸の痕が残っていた。やはりあそこに行っていたのは確か。ならそこからの記憶が曖昧ということか。あの時のことを思い出そうと頑張るが、恐怖と疲れで意識が定かではなかったかもしれないと思うと自分の記憶が信じられなくなってきた。

カツーン

手に持っていたズボンのポケットから何かが落ちて床に当たる音がした。床には沢で拾ったあの小さい鏡のようなものが。どうやら無意識にポケットに入れていたようだ。それは洗面所の天井を映しており私が覗き込んだらその小さな鏡面に私の小さな顔が映りこむはずがそこに私の顔は映っていなかった。そこに映っていたのはお地蔵様のような石でできた顔で鏡面いっぱいにそれが映っていた。

私「うわーー!」

思わず脱衣所から走って祖母の元へ走って逃げた。祖母は何事かとこちらに歩いてきてくれていてダイニングの入口で鉢合わせにぶつかる。私は今までのことを初めから話そうと思ったが、祖母にはまず脱衣所に一緒に来てもらってあれをどうにかしてほしいと床を一緒に見てもらう。脱衣所には私のズボンとバスマットぐらいしかなく、あれがいくら探しても見つからない。祖母は脱衣所やダイニングまでの廊下も含め徹底的に調べたがやはりどうしてもあれは見つからなかったという。

祖母「小さな鏡なんてどこにもないねぇ。クロも吠えてないし。」

今回の件、腑に落ちないことだらけなのだが、その後さらに不思議なことが起きている。祖母の言ったこの言葉、今でもはっきり覚えている。なんでこんなときに犬のクロが出てくるのか不思議で仕方なかったのだが、その日の夕方クロが死んているのを祖母が見つけたそうだ。私には一切そのことを話さず、私は数日後に突然聞かされた。
それ以来、独りで森に行くことはしていない。遠足のコースでその森を通ることはあっても、あの沢に行くことはしていない。


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