sum 'bout sum

01/13

今日はいい日だ。
とても身体の調子がいい。
洗いたての真っ白な下着に着替えたあと
今日はお気に入りの黒のスーツを着ることに決めた。
真っ黒のズボンに足を通す。
ボタンをとめる。ベルトを締める。
ジャケットに袖を通す。

姿見なんて見る必要なんてない。
これは私のベストチョイスのスーツであり
何度もこれを着ている。
これを着た日は必ずといっていいほど
街ゆく人に振り向かれる。
なんなら2度見されることだってある。

これがこのスーツの勝負服たる所以である。
これは私にとってのカラオケの十八番であり
グラウンドのエースで4番なのである。

外は少し風が吹いているが嫌な感じではない。
寧ろ過ごしやすい。今日もやけに足元が涼しい。
玄関のドアを元気よく開ける。大きく足を前へ踏み出す。
早速近所の美人の佳子さんとすれ違う。
やはりだ。佳子さんは私のスーツを見るなり
日常会話を交わしていても私のスーツを
気にしているのが分かる。
視線が下を向くからだ。もうお見通しなのである。
このスーツの魅力が十二分に発揮されている証拠である。
気を良くした私は佳子さんとの会話もそこそこに
家の前の道を真っ直ぐと目抜き通りの方へ向けて歩いて行く。

さっきまでの静けさとは打って変わって
人通りが増えて賑やかになる。
すれ違う通行人も増えている。
やはり決まって私のこの鉄板のスーツを見ていくのである。
来る人来る人、下を一瞥してから、私の顔を見る。
もうわかっている。
このスーツの魅力に私と共に酔いしれてしまえと
心の奥で私はつぶやくのだ。

ただ今日は大事なデートの日。
大好きな彼女に今日こそ告白するのだ。
今日は私の彼女になってくれた記念すべき一日目にするのだ。
いつも彼女はデートの時は決まって記念撮影をする。
私がポーズを決めると決まって彼女は笑ってくれる。
私のくだらないおちゃらけポーズでも彼女は笑ってくれる。
とても優しい性格の彼女。

駅に着く。電車もタイミングよく来る。
今日の私は運が良すぎる。
席が私のために中央を空けているではないか。
大きく足を広げてでーんと座る。
特等席のようだ。やはりいい気分だ。

向かいには女子高生が2人いる。
早速私の方を見るや、下を向いてから私の顔を見る。
2人顔を見合わせてひそひそ話が始まる。
そうだ。勝負服の噂をするがいい。
そしてこの素晴らしいスーツのことを
隠し撮りをしては、好きにネットなりで
つぶやけばいいのだ。私のこの服のチョイスに
全世界の人間からいいねが付くことだろう。

あれ?やばい。お腹が急に痛くなってきた。
いつも出かけるときは決まってお腹が冷えるのか
この症状になる。目的地まであと一駅なので我慢しよう。
早くドアよ開いてくれ。

プシューという音とともにドアがゆっくり開く。
駅のなかのトイレにかけこむ。
便器にまたがり急いでベルトを外しボタンを外し
スボンを下ろす。
間に合った。大事な日なのにいつもの腹痛に
悩まされる。今度内科にかかってみよう。

用を済ましてズボンを上げる。
ボタンをしてまたベルトを締める。
腹痛は治まった。これで彼女の元へ
行くことができる。
駅のトイレの出口付近に姿見があった。
鏡の真ん中ほどに白い汚れを見つけた。
ただ今の私にはそんな些細なことには
気にも留めずトイレを後にする。

彼女との待ち合わせはいつもの公園。
駅から10分。小高い丘の上に入口がある。
坂道を登ると風が強くなる。
足元から冷える感覚とともに公園内の
ランドマークでもある入口から程なくした
ところにある噴水にたどり着く。
彼女はまだ来ていない。
彼女が来るまで噴水の縁にでーんと腰掛ける。
独りで待つ噴水もいいものだ。
風向きによっては目一杯広げた足にも
水しぶきがかかりヒンヤリする。
それにしても楽しみだ。
私の姿を見る彼女を見るのも
これから起こる一大イベントも。

スーツ姿を見て私のことを2度見する通行人。
そうだろう、そうだろう。
いくらでも見てくれ。

ついに彼女が向こうから歩いてくる。
彼女は私の方に気づいて歩いてくる。

遅れちゃいました?

そんなことないよ。と、笑顔で答える。

あのぉ、、

いつも私と会うときにはモジモジ恥じらう
可愛らしい彼女。今日もなにか言いたげだ。
何か私に言いたいことあった?と問いかける。

・・・

私は今部屋の天井を見つめながら
公園での彼女との出来事を思い返す。
なぜ彼女はあんなことを言ったのか。
今となっては知る由もない。

壁にかかっているあの一張羅だけが
傷だらけの私の身体を理解する目撃者であり
戦友である。寧ろ今日の功労者はあいつでは
ないかと思う。

ただ彼女のあの言葉が未だに頭を駆け巡る。

面白い人や個性的な人は見ている方が好き


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